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zoom RSS 第101号魚雷艇

<<   作成日時 : 2010/02/15 23:25   >>

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Yahooのニュースで元特攻隊員が原爆手帳を取得したとのニュースを読みました。
長崎湾で魚雷艇の訓練中に被爆したとのこと。
で、そのニュースに特攻魚雷艇「第101号魚雷艇」に乗っていたとの記述があり、「?」と思ってちょっと調べてみました。


元々「第101号魚雷艇」は、オランダ製でスラバヤで沈没状態で鹵獲された「TM4型魚雷艇」を海軍第102工作部で修理したものです。
建造中も含め10数隻を鹵獲しており、基本的には現地で修理後使用されていましたが、101号のみは横須賀の海軍水雷学校に教材として移送されていました。
17トン程度の大きさだった為、どこかの本土行きの船舶に搭載して運んだんでしょう。




日本国内に101号魚雷艇が存在していることは把握していましたが、川棚にあったのか…資料が少なくて知りませんでした。
震洋の基地でしたから。でも20トン未満の大きさだとすると、訓練母艇とするにはちょうど良い大きさだったのかと推測できます。

この人が所属していた臨時魚雷艇訓練所は川棚に開設されており、「海軍水雷学校川棚分校」というのがその正式名称となります。
臨時魚雷艇訓練といいますが、実際には震洋と伏龍の訓練基地です。
ただ、設置当初は名目通り魚雷艇訓練を実施していました。
その為に101号が配備されたのでしょう。魚雷艇自体はどの戦線も数が不足している為、鹵獲兵器とかが教材になることはよくあることです。


で、この川棚では1945年に「川棚突撃隊」が編成されているのですが、これが臨時魚雷艇訓練所を改編したのか、新規編成されたのかが良く分かりません。
海軍の編成疎くて・・・「第三特攻戦隊」「第三一突撃隊」と一緒に川棚周辺に配備されていたのですが、その時点での訓練所の状況をもうちょっと調べる必要がありそうです。

訓練所が川棚突撃隊に改編されているのであれば、101号は特攻部隊の指揮艇扱いでしょうから、まさにニュースにあった「特攻魚雷艇」ですね。


・・・という訳で、海軍水雷学校の組織編成に詳しい人、誰かご教授ください。


※ネットで胡乱に調べた内容なのでソース精度は低いです。ご容赦を。


ちなみに川棚で編成された震洋隊って「聖川丸」で運ばれてたんですね。これも初めて知りました。




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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
川棚突撃隊は魚雷艇訓練所を改編したもので、突撃隊となった後も特攻要員や魚雷艇乗員の訓練を継続しています。
元記事の人は、たぶん震洋か魚雷艇の搭乗員から教官配置にシフトしたのではないかと推測しています。

ただ、101号の被爆時点の帰属が川棚か他の突撃隊(31の可能性もあると思います)かは不明ですけど。
突撃隊の内訳はかなり不明点が多く、魚雷艇や隼艇の配備にも具体的には不明点が多いのが実態です。
まさとし
2010/02/16 00:46
>まさとし様

早速の書き込みありがとうございます。
やっぱり改編されたものでしたか。
じゃあ、特攻部隊に配備された魚雷艇だったという認識で良い感じですね。
書き込んだ後、色々本を漁ってみたんですが、突撃隊とか震洋隊とかは資料少ないですね。
今度時間あるときに調べてみます。
佐藤裕紀
2010/02/16 23:02

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