【歴史雑学Q】日本で初めて電信機械を作ったのは?

週末にちょっと病院に行く用事があったのですが、待ち時間が長くなると思ったので、「工兵入門」(佐山次郎/著 光人社NF文庫)を再読していました。
「いて号兵器」とか「驀開機」とかマニアックな兵器が沢山載っている本なのですが、その中に電信電話の章もあります。
野戦電話局の苦労は、「通信隊戦記」(久保村正治/著 光人社NF文庫)をお読み頂くとよく分かるのですが、通信系装備に関しては意外とまともな装備が配備されていたように思います。
(精度や機能面の問題はありますが。真空管や電池の問題は日本軍の装備全体の問題ですし)
では、通信装備大好きな日本人はいったいいつ頃からトンツーしていたのかを、ちょっと調べてみました。

日本で最初に電信が実演されたのは、安政1年(1954年)にペリーが二回目に来日した際の幕府献上品で実演したものです。
それを知り、面白い機械なら作ってみようと思うのが日本人の性。早速研究を開始して3年後の安政4年(1957年)には作ってしまった人がいます。
それが今回の問題です。

日本で初めて電信機械(モールス式のやつです)を作ったのは?

A.勝海舟
B.島津斉彬
C.鍋島閑叟
D.松平慶永

のだれが作った(正確には作らせた)でしょうか?

ヒントは開明派の人物ということですが、よく見たらこのメンバー全員が富国強兵やっていますねw
人物が活躍した時期と領内の整備の状況を照らし合わせれば、なんとなく分かるかな?と思います。

解答はコメントにでも。ちょっとしたら、解答したいと思います。

この記事へのコメント

achtung
2007年11月21日 05:19
自信ないですが鍋島閑叟ですか?
田中久重が幕末の一時期鍋島藩にいたようなのでひょっとして
作ったのは久重?
しかし久重はすごいですね。まさにハッカーと呼べるのではないでしょうか。
司書
2007年11月26日 20:20
おおっと、暫く更新できておりませんでした。

答えですが、B.の島津斉彬ですね。
ペリーが幕府に献上した電信機を見て、自分も作りたくなったとのこと。
親譲りの蘭癖でしたからw

C.鍋島閑叟の作っているのですが、1年後ですね。なかなか先駆者になる競争は激しいわけです。