潜水母艦「駒橋」

ひょんなことから、尾鷲湾で終戦直前に発生した海戦を調べていて、そこで出てきた軍艦です。

第三海上護衛隊(この時期には第四特攻戦隊に改編されていたはず)の旗艦で、東京湾-瀬戸内海の内海航路の護衛任務に従事していたのですが、1945年7月28日の尾鷲湾の米機動部隊艦載機空襲で沈没しています。
この海戦では第45号海防艦や第14号駆潜艇も沈んでおり、かなりの被害が出ています。

で、この「駒橋」ですが、潜水母艦だったのですが1000トンちょっとで補給する潜水艦よりも小さく、潜水母艦としては能力が低すぎるということで測量艦に改装されています。
太平洋戦争開戦後は第五艦隊所属艦として北方地域の測量なんかをしていたようです。
キスカで空襲受けて小破して、修理のため横須賀に入ったのですが、そのまま内海防備に任務が変わってしまったようです。
一応、元母艦なので簡易な旗艦設備くらいは装備されていたのでしょうか?

※艦種が測量艦に変更になったかは諸説あるようです。ちゃんとした資料でまだ確認していないので。



で、なぜ、この海戦を調べていたかというと、7月28日は呉大空襲の日なんですが、三重県の尾鷲にも艦載機が来襲しており、別働隊が出ていたのか?と、ちょっと興味をひいた為。
この頃の日本海軍はサンドバック状態になってしまっているのですが、そんな状態のため、この日は複数方面に米艦載機が来襲しています。
別府湾で海鷹が被弾放棄されたのもこの日ですね。本当に日本全土艦載機が飛び回っていたみたいです。



しかし、この第三海上護衛隊というのも、かなり悲惨な艦隊です。貧弱な戦力で本土太平洋岸の大半の防備に任じられたのですが、所属艦艇は両手で数えられるくらい。航空隊も付属していません。
戦力の大半を海上護衛戦で消耗した挙句、特攻戦隊に改編されて、7月28日空襲で残りの戦力もほとんど沈められました。

先日から第七艦隊を調べ始めていたのですが、この艦隊も調査の対象にして良いかもしれない。
まだまだ良く知らない艦隊というのはあるのですね。

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